イタリアの盆栽

トリノ-10月15日              Pagina in italiano ⇒
朋・アミーチは盆栽作家のパオロ・ジャイさんのお宅にお邪魔し、日本文化の代表の一つである盆栽について色々教えて頂いた。イタリア人から、盆栽についての教えを乞う?
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ヨーロッパにおいて最も盆栽文化が普及した国は何とイタリア!中国から盆景が日本に入ってきたのは平安時代。その後、鎌倉時代に武士階級や僧侶たちの間で広く普及した。当時の社会の文化的な主勢力で育まれた結果、禅的な宗教観との強い結びつきが生まれ、盆栽は日本独自の文化へと発展を遂げた。江戸時代には庶民階級にも広まる。そして、日本からヨーロッパに盆栽文化が伝わったのは1970年頃。従って欧米では「ボンサイ」と言う言葉が使われる。ジャイさんは、30年前、ジェノヴァで見た盆栽展示会がきっかけでこの道に嵌った。
                    日本の
盆栽に心酔していると言うパオロ・ジャイさんは、中国の盆景と日本の盆栽の違いについて説明してくれた。中国の盆景は「付け加え」であり、日本の盆栽は「切り捨て」であると。
                    この比較は、文化一般に当てはまる論理かも知れない。中国から導入された文化も、それが一旦日本に入ると別の様相を示し始める。盆栽と密接な関係にある焼物文化についても同様。日本の墨絵の特徴は余白にあり、中国墨絵には空白はない。漢字から仮名が生まれ、伎楽や散楽が日本に入ると雅楽や能に変って行った。中華料理と日本料理を比較しても同じことが言える。一般の欧米人は盆栽=ミニアチュア、つまり繊細ではあるが細部に拘り、小さな枠に閉じこもった日本人の持つ世界観の象徴として盆栽を持ち出す。ところが、ジャイさんは「小さな鉢へ壮大な大自然をそのまま移し込むことを可能にするのが盆栽である」と全く逆の捉え方をする。私たち全くの素人に盆栽を育てる際の手入れを段階を追って説明してくれた。
また樹木の種類によって鉢が選択される。伝統が教えてくれる一応の決まりはあるそうだが、鉢と樹木の組み合わせも盆栽作家の感性に左右される。
同行したイタリア人陶芸家ファビオ・チャンカリーニ氏と一緒にジャイさんの盆栽前の植え木、盆栽、下草 などを野外で見た後、室内へ。数人のその日の受講者たちはそれぞれ自分の作品を相手に作業中であった。弟子全員を一度に集めてのレッスンは不可能なので、5~6人ずつに分けて指導するとのこと。
                    その日のテーマは「飾り」。テーブルを床の間と見立てた、飾りつけの説明に私たちも耳を傾けた。使われたのは、盆栽ではなく秋の草々による「下草」。
置物を変える事により、部屋の片隅が雄大な自然の風景として湖のほとりから山奥のそれに一変する。床の間に湖や山全体を持ち込む日本的感性の雄大さ。この新しい発見に導いてくれたパオロ・ジャイさんに感謝しつつ、秋の一日は終わった。
                    

中国電力によるスラップ裁判和解へ

山口県 2016年8月30日     ⇒pagina in italiano ⇒
2016年は山口県上関町祝島で四年に一度の神事、祝島神舞(いわいしまかんまい)の年。8月16日から20日まで大勢の観光客を集めて無事に祭儀が執り行われた。「出船神事」で締めくくられた神舞から10日後、祝島は再び脚光を浴びることになる。8月30日上関原発工事損害賠償裁判の和解が成立したのだ。纐纈あや監督のドキュメンタリー映画祝の島 がきっかけで、朋・アミーチは祝島の島民の皆さんの大ファン。祝の島 のイタリア語字幕への翻訳は、シチリア環境映画祭へのエントリーに繋がり、イタリア語版のL’isola degli àuguri は、2012年7月のこの映画祭で最優秀賞を受賞した。翌年2013年9月には、会員二人が祝島を訪問。  *その時の訪問記はこちらから⇒
その際に上関原発を建てさせない祝島島民の会の代長、清水敏保さん(写真左)が当時直面していた問題を説明してくれた。遡って2009年12月、清水さん、橋本久男さんの二人の島民と島外から上関原発建設反対運動に参加している岡田和樹さんと原康司さんの合計四人が中国電力から提訴される。原発建設予定地である長島の田浦の埋め立て工事作業を妨害し、その結果、中電は多大な損害を被ったと主張し、提訴の時点では4千8百万円の損害賠請求を申し立てていた。2012年には3千9百万に減額した。被告側は、工事が正式に始まっていない段階での作業妨害はあり得ない、中電側の提訴は市民運動を潰す目的で脅しをかけるための裁判、スラップ裁判に他ならないと主張する。裁判が進むにつれ傍聴希望者と反対運動支援者の数は増える一方。膨大な金額を請求され、窮地に立たされた被告人たちが、原発建設反対運動を緩めるだろうと予測していた中電側の思惑は見事に外れた。
また、
中国電力側は裁判で、どのような工事作業妨害を受けたのか、また損害賠償の請求額の根拠を全く立証できなかった。損害賠償金請求の根拠が消えて行く中、中電側も被告側も長引く裁判に終止符を打つべく、2015年11月には裁判所で和解協定の議論が始まった。そして、6年8か月に渡るこの裁判も、2016年8月30日に和解が成立した。
      中電側は一切の損害賠償金請求を取り下げることと、もし工事が再開した場合には被告人らは埋め立て海域や接している地域へは立ち入らない、と言う条項が含まれている。しかし、工事再開の場合という条件がついていることと、立ち入り禁止区域以外では、原発建設反対の意思表示は法律に違反しない限り自由と、この制限は被告側にとってはこれまでの制限と変わりない。確かに、もし工事が始まった場合の立ち入り禁止区域侵害に対しては高額な罰金が科されるとなっている。しかし、その海域に至るまでの海面の航行は自由であり、また、島である原発予定地に資材を運び込むには海路しかない。 法律に違反しない限り、原発建設反対運動は自由。弁護士歴35年の弁護団の一人は、告訴人側が請求した賠償金請求の全額を諦めるなどと言う事例は一度も経験したことがないという。工事妨害による賠償金請求で始まったこの裁判が一切の賠償金を断念という結果で終わったことは、被告人側にとっては、明らかに勝利的和解と言える。    *写真手前:長島の田浦 向いの島:祝島
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しかし、中国電力が上関原発建設を白紙撤回しない限り、祝島島民の闘いは終わっていない。原発建設反対派が懸念していた通り、この和解に先立つ8月4日、山口県知事は、上関原発計画予定地の公有水面埋立免許延長を許可した。計画予定地とは長島の田浦である。
*右写真上をクリックするとヴィデオが見られます。⇒⇒⇒
世界の専門家たちは、この海の生態系は温帯地方では他に例を見ない多様性を持っていると断言する。その微妙なバランスも田浦を埋め立てることで台無しになってしまう。上関原発建設を待たずに重大な環境破壊の危険に晒されるのだ。それは日本国民の自然財産への冒涜でもある。弁護団はその点を踏まえて次の文書による声明を発表した。
⇒⇒⇒上関原発阻止被告団・弁護団声明
↓↓↓↓↓ 記者会見の模様はこちらから ↓↓↓↓↓
上関原発建設反対運動が祝島島民の損得勘定から発したものではないことは、映画「祝の島」や鎌仲ひとみ監督の「ミツバチの羽音と地球の回転」を見た聴衆には明白であろう。直接お会いすることの出来た朋・アミーチの確信はそれ以上である。高貴な使命感に憑き動かされての原発建設反対運動なのだ。「おめでとう」より「本当にありがとうございました」とお礼を言いたい。上関原発建設だけではなく各地の原発再稼働の動きにどう対抗するか地球と人類を愛する私達への課題である。