広島長崎原爆写真展

トリノ-11月19日~12月13日              ⇒L’articolo in italiano

「広島長崎原爆写真展」がトリノ市内の会員制集会所ラ・ポデローザで開催された。資料を持ち込みこの写真展の開催を提案したのは、トリノ近郊の町(メアーナ・ディ・スーザ)にある文化団体ダル・ガッロ・セバスティアーノ。 この団体は同名称の図書館も運営している。ダル・ガッロ・セバスティアーノ」とは第二次世界大戦中に反ファッシズムに生きた女性パルチザン、アーダ・ゴベッティの童話のタイトルで「雄鶏のセバスティアーノのお家で」の意味。
30枚のパネル写真と2本のヴィデオ及び「核兵器禁止条約の締結を求める」署名用紙は、日本の
「平和首長会議」 広島平和資料館 から提供されたもの。この平和首長会議の運動は世界にも広がり、イタリアでも数多くの市町村が加盟している。朋・アミーチも2013年4月の平和イヴェントで直接加盟市長の一人にインタヴューをし、この組織の存在を知っていた。
      
一方、10月27日、国連の軍縮委員会で核兵器禁止条約の締結に向けて2017年から交渉入りという決議が123か国の賛成で採択された。ところが、唯一の被爆国日本は反対に回り、ナトの加盟国イタリアもアメリカに同調して反対を表明。ラ・ポデローザも朋・アミーチもこのタイミングを重要視し、写真展の開催へ向け短期間に準備完了。朋・アミーチは資料を追加し、音楽グループ大和音(ヤマト・オ) を動員して、11月19日にはポデローザで写真展開催イヴェントが行われた。   開会式風景⇒⇒⇒

展示会開催イヴェントは、朋・アミーチのサラ・アングレージオの司会で進められ、最初に広島原爆投下の一日をアニメーションで描いたヴィデオ≪ピカ・ドン≫、続いて歴史的映像で綴られた≪広島-母親たちの祈り≫が上映された。このドキュメンタリーヴィデオによって、原爆投下から1980年代までの核爆弾及び核兵器実験による被害状況、核兵器反対運動への盛り上がり等が説明されたが、目をそむけたくなるほどの残酷さと悲惨さが映し出され、参加者に大きな衝撃を与えた。朋・アミーチ制作のヴィデオ「今、、、」は、広島長崎とヴィデオ「広島-母親たちの祈り」中で語られた第五福竜丸の現在の姿を映した。表面的な傷跡は消えてはいても、この企画は単に過去を偲ぶためのものではなく、現在の問題として提起された。ヤマト・オの演奏も将来に向けた「平和への希望の光」として参加者に受け止められたようだ。
カール・ブルックナー著「サダコ」からの最終部分抜粋〈伊語〉の朗読と「核兵器禁止条約の締結を求める」アピールが読み上げられ、参加者はそのアピールに応じていた。*同じ内容のオンライン署名はこちらから
核兵器禁止条約を締結して下さい!
12月13日の最終日には、環境保護活動家のマーリオ・アゴスティネッリ氏とフランス核兵器ストップ会議 の会長、モダンヌの素粒子物理学研究所の元所長である物理学者のルイージ・モスカ氏を招き「核惨事の危険から世界が助かる方法」と題されたイヴェントが行われた。
講演及び話し合いは、ポデローザと朋・アミーチの双方に属す、フランチェスコ・スティッリターノの司会によって進められた。モスカ教授は、核戦争の勃発の可能性は非常に高く、今回の写真展は、過去の核爆弾による悲劇を忘れないためのものではなく、現実に起こり得る危険性を認識するためだと力説した。世界に存在する核兵器は、広島に投下された核爆弾の50万倍の破壊力を持つ。教授は資料を示しながら、国連における核兵器全面禁止条約の締結が、人類が核の危険から逃れる道へのまず第一歩であることと、そのためには世論の後押しが不可欠であると訴える。●生物兵器禁止条約(1982年) ●化学兵器禁止条約(1993年) ●対人地雷禁止条約(1997年) ●クラスター爆弾禁止条約(2008年)は既に締結されているが、核兵器は、他のどの兵器も到底及ばない破壊力を有している。 *モスカ教授の資料はこちらから見られます。⇒▼Come tirar fuori il mondo dal rischio di … (PDF)
Come tirar fuori il mondo dal rischio di una catastrofe nucleare (ヴィデオ)
                    
核の民間利用に関しての専門家であるアゴスティネッリ氏は、核の軍事利用と民間利用が切り離せない関係にあることを強調。また、平和の敵である
「恐怖感」に言及した。恐怖感が人々を様々な段階で武装させ、核抑止論にまで拡大する。しかし、軍事によって保たれる平和は、「事故」「ミス」「狂気」のいずれかによって、簡単に壊される可能性を秘めている。
核の危険から逃れるためには、全面的な核兵器全廃、全ての原発の廃炉しかない。また、核兵器禁止条約が締結され、世界中の原発が全て運転を停止したとしても、全原子炉の廃炉作業、15.395発の核爆弾の解体、そこから生じる、あるいはこれまでに蓄積されてきた放射性廃棄物の処理のためには、次に来る何世代もの歳月が必要なのだ。既にその課題を押し付けてしまった。
感覚・感情に訴えた開会式、理性に訴えた閉会式イヴェントであったが、どちらも核絶滅を目指さない限り、人類の未来はない、と言うメッセージが強く発信された。

また、これらのイヴェント参加者を通じて、他の町で次の展示会が開催する運びとなった。
また、ヴォランティアで運営されている
ダル・ガッロ・セバスティアーノ図書館に渋谷秀雄氏の写真集「未来へ」 の寄贈された。