核兵器禁止条約への締結に向けて

トリノ-2017年11月29日
朋・アミーチは2016年に開催した広島長崎原爆写真展をきっかけに、世界平和のためには全面的な核兵器禁止条約が必要であることを切実に感じる。原爆写真展の開催を可能にした広島の平和首長会議の呼びかけに従って、朋・アミーチも核兵器禁止条約締結への請願書の署名活動に参加した。2017年1月にもトリノの郊外の町カザルボルゴーネのホロコースト犠牲者を想起する週間に同じ写真展を開催。
一方、2017年5月にトリノ市を州都とするピエモンテ州の市民団体、平和団体、トリノ市、ピエモンテ州などの地方自治体等70団体が「核兵器とすべての戦争とテロリズムに反対する連絡会議」を結成。

2017年7月7日、国連は、今年3月から進められていた話し合いの結果「核兵器禁止条約」を122国の賛成で採択した。話し合いに参加した国は124ヶ国、国連加盟国のうち三分の二が参加し採択した条約である。しかし米、露、中、英、仏やインド、パキスタン、イスラエルなどの核保有国は話し合いにも採択決議にも参加しなかった。1963年に採択、1970年に発効となった核兵器拡散防止条約では、核保有国でもあり国連の常任理事国でもある米、露、中、英、仏の核保有は容認し、それ以外の国の核保有を禁じている。しかし、核兵器による人類滅亡の危機から逃れるためには、核兵器全廃しか手段はなく、核兵器拡散防止条約は核兵器全廃への動きには繋がらないどころか、逆に危機を増大する結果を招いた。イタリアは北大西洋条約の加盟国。同盟国のアメリカ、フランス、イギリスと全く同じ行動をとる。日本は唯一の被爆国であるにもかかわらず、イタリアと同様にこの条約へのボイコットを続けた。
   

      7月7日の「核兵器禁止条約」採択後、この平和への連絡会議は「イタリアよ、考え直せ! 国連採択の核兵器禁止条約に調印せよ!」をスローガンに呼びかけ運動を始めた。このスローガンが書かれた垂れ幕がトリノ市庁舎の表玄関に掲げられる。
朋・アミーチは、この会議の結成時からの団体の一つ、ヒューマン・ハウスが毎年行っている「広島長崎の原爆犠牲者の追悼の夕べ」に初めて参加し、会長の和田千重が原爆鎮魂歌「あの風の記憶」を独唱。原爆禁止条約採択後の「被団協」の声明をイタリア語に翻訳し、読み上げた。それがきっかけで連絡会議にも加わることになり、それ以後の連絡会議企画のイヴェントには必ず参加することになる。
      
      
核兵器の全面的廃絶のための国際デーである9月26日には、トリノ市の宮城広場で「イタリアよ、国連の核兵器禁止条約に調印せよ!」をスローガンにプレシーディオを企画。代表グループがトリノ県庁にスローガンと同様の内容の要請書を届けた。
10月6日に2017年ノーベル平和賞が「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」に決まったと発表される。このニュースは連絡会議のメンバー全員の士気高揚に役立った。
      
翌月の29日には、イタリア・ICANの代表であるフランチェスコ・ヴィニャルカ氏を招いて講演会が企画開催された。連絡会議の加盟団体であるトリノ市の庁舎のサラ・デッレ・コロンネで、副知事が議長として開催された。ICANの活動が説明され、核兵器禁止条約の発効がいかに大切であるかが強調された。また、この連絡会議のメンバーでもあり、ICANの加盟団体でもある国際創価学会のイタリア支部センツァ・アトミカが《非核武装のための展示会》を来年トリノ市で開催する予定であることが発表された。この連絡会議は、その成功に向けての支援を惜しまないことを確認した。朋・アミーチもその方針である。

折り紙教室

トリノ-10月20日~11月17日
トリノ市隣接のモンカリエーリ市で五回に渡る折り紙教室が開かれた。
朋・アミーチが、折り紙教室を開いたのは、結成の年2011年12月以来、約六年ぶり。2011年の講習は私立小学校の夏季課外活動としてやトリノのレジーナ・マルゲリータ小児科病院関係者向けと子供たちが対象だったが、今回の参加者の年齢層は高い。Auser(活動的な老後のためのヴォランティア協会)モンカリエーレ支部が一般市民にも参加を呼び掛けての講習会ではあったが、結局、五回のうち一度でも参加したのは、この協会のメンバー八人に留まった。確かに平日の午後の講習会に参加できるのは、退職した高年齢層に限られるのは当然かもしれない。questo articolo in italiano ⇒
                    講習指導者は朋・アミーチ会長の和田千重。《平和のための千羽鶴》と題したこの講習会で、参加者全員で鶴を千羽折ることを目指していた会長の思惑は第一日目に崩れ去った。五回の講習会で1000羽折るためには、毎回200羽が必要。ところが初回二時間の授業で鶴を折れるようになった人はたった一人だけ。鶴を千羽折ることをすぐに諦め、千羽鶴の持つ意味の説明をしたが、核兵器使用の危機が迫る昨今、ヒバクシャ国際署名には全員が即応じてくれた。
                    折紙に関してだけ言えば、初めは全く絶望的だったが、会を進めるごとに熱心な参加者も現れ、最終的には成功したと言える。
また、この種の講座は、そこで習う事が出来るようになるのが目的ではなく、参加者同士の交友の方がより大事であることを理解した。
将来、この団体との協力により、ヤマト・オの音楽会やドキュメンタリー映画「祝(ほうり)の島」の上映会が実現できるかも知れない。そういう希望の持てる折り紙今日教室だった。