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朋・アミーチからのお知らせ
2018年7月20日
山田耕作、渡辺悦司両氏の所属する《市民と科学者の内部被曝問題研究会》は、
市民と科学者の内部被曝問題研究会有志及び内部被曝を憂慮する市民と科学者による「トリチウムを含む福島原発放射性廃液の海洋投棄に反対する決議」を採択した。決議文はこちらから⇒
朋・アミーチはこの決議に賛同した。

ピネローロ ー2018年4月15日
クオーレ・レヴァンテと題される日本文化のお祭りが4月15日、ピネローロ市で開催された。20種類以上の部門を含むこの祭典は、盆栽作家のダニーロ・ファンファーニ氏夫妻が中心になって企画された。朋・アミーチはファンファーニ氏の師であるパオロ・ジャイ氏の要請で協力することになり、ヤマト・オもこの祭典に参加した。
初めに予定されていた3月18日が天候不順のため延期を余儀なくされたイヴェントであったが、大勢の人々が参加して盛会のうちに終わった。

福島原発事故7周年にあたり、福島集団告訴団の団長武藤類子さんからの海外に向けてのメッセージ原文が《朋の思い》のページに掲載されました。朋・アミーチによってイタリア語に翻訳されたこのメッセージは、3月10日トリノ市内で開催されるイヴェント「7年後のフクシマ」中に朗読されました。このイヴェントはトリノ市《イナリ》と東アジア研究所《CeSAO》の共同企画によるもので、ゲストは、毎年、福島の子供たちを環境も食料も汚染されていないサルデーニャ島での夏季滞在させる活動しているヴォランティア団体《オルト・デイ・ソーニ》。
武藤類子さんの2018年3.11メッセージはこちらから⇒

「核兵器全廃のための展示会」が2018年1月17日から2月27日までトリノ市で開催されました。


朋の思いのページに記事が追加されました。
☆投函されなかった1945年7月の手紙(2017年12月)
《千葉七夕空襲ーお母さんが7月6日の空襲で亡くなりました》 1945年7月6日から7日にかけての空襲を経験した当時20歳の女性が亡くなりました。千葉の七夕空襲で母親が亡くなっていく様を遠方に住む姉に知らせるため書かれ、投函されないまま保管されていたこの手紙は、遺族によって発見されました。悲惨な戦争を繰り返さないための貴重な教訓です。

平成29年(2017年)秋の叙勲で朋・アミーチとは結成以来の馴染みである海老原夕美弁護士が旭日中綬章を受賞しました。

 

七年後の福島

トリノー2018年3月10日
イヴェント「7年後のフクシマ」が、トリノ市内で《イナリ》と東アジア研究所《CeSAO》の共同企画により開かれました。ゲストは、2011年3月から2016年まで日本滞在のジャーナリスト、アレッシア・チェラントラさんと毎年、福島の子供たちを環境も食料も汚染されていないイタリアの地に夏季滞在させる活動しているヴォランティア団体《オルト・デイ・ソーニ》の田中基子さん。
また、朋・アミーチによりイタリア語に翻訳された福島集団告訴団の団長武藤類子さんからのメッセージの一部が読み上げられました。
武藤さんの2018年3.11メッセージの全文はこちらから⇒

折り紙教室

トリノ-10月20日~11月17日
トリノ市隣接のモンカリエーリ市で五回に渡る折り紙教室が開かれた。
朋・アミーチが、折り紙教室を開いたのは、結成の年2011年12月以来、約六年ぶり。2011年の講習は私立小学校の夏季課外活動としてやトリノのレジーナ・マルゲリータ小児科病院関係者向けと子供たちが対象だったが、今回の参加者の年齢層は高い。Auser(活動的な老後のためのヴォランティア協会)モンカリエーレ支部が一般市民にも参加を呼び掛けての講習会ではあったが、結局、五回のうち一度でも参加したのは、この協会のメンバー八人に留まった。確かに平日の午後の講習会に参加できるのは、退職した高年齢層に限られるのは当然かもしれない。questo articolo in italiano ⇒
                    講習指導者は朋・アミーチ会長の和田千重。《平和のための千羽鶴》と題したこの講習会で、参加者全員で鶴を千羽折ることを目指していた会長の思惑は第一日目に崩れ去った。五回の講習会で1000羽折るためには、毎回200羽が必要。ところが初回二時間の授業で鶴を折れるようになった人はたった一人だけ。鶴を千羽折ることをすぐに諦め、千羽鶴の持つ意味の説明をしたが、核兵器使用の危機が迫る昨今、ヒバクシャ国際署名には全員が即応じてくれた。
                    折紙に関してだけ言えば、初めは全く絶望的だったが、会を進めるごとに熱心な参加者も現れ、最終的には成功したと言える。
また、この種の講座は、そこで習う事が出来るようになるのが目的ではなく、参加者同士の交友の方がより大事であることを理解した。
将来、この団体との協力により、ヤマト・オの音楽会やドキュメンタリー映画「祝(ほうり)の島」の上映会が実現できるかも知れない。そういう希望の持てる折り紙今日教室だった。