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朋・アミーチからのお知らせ
「広島長崎原爆写真展」が2018年1月17日から2月27日までトリノ市で開催されます。

朋の思いのページに記事が追加されました。
☆投函されなかった1945年7月の手紙(2017年12月)
《千葉七夕空襲ーお母さんが7月6日の空襲で亡くなりました》 1945年7月6日から7日にかけての空襲を経験した当時20歳の女性が亡くなりました。千葉の七夕空襲で母親が亡くなっていく様を遠方に住む姉に知らせるため書かれ、投函されないまま保管されていたこの手紙は、遺族によって発見されました。悲惨な戦争を繰り返さないための貴重な教訓です。

平成29年(2017年)秋の叙勲で朋・アミーチとは結成以来の馴染みである海老原夕美弁護士が旭日中綬章を受賞しました。

 

トリノ県モンカリエーリ市で10月20日から11月17日まで「平和のための千羽鶴」と題された折り紙教室が開かれた。朋・アミーチとAuser(活動的な老後のためのヴォランティア協会)モンカリエーレ支部が一般市民にも参加を呼び掛けての講習会。
詳しくはこちらから⇒

 

2017年6月合気道関係の二か所で墨絵の講習会と書道一日体験講座が開かれました。生まれて初めて筆を持つと言う参加者が殆ど。一体どんな展開だったのでしょう。
詳しくは《合気道と墨文化》 ⇒⇒⇒


朋の思い に深草真由子さんがプリモ・レ―ヴィ著「アウシェヴィッツは終わらない-あるイタリア人生存者の考察」(朝日選書) の読後の考えをまとめた文章 アウシュヴィッツ生還者プリーモ・レーヴィとドイツ人を掲載しました。*写真は、Edoardo Varriale 氏による現在のアウシェヴィッツ

トリノ市-5月20日
日本の歌のみをレパートリーとする音楽グループヤマト・オは、トリノで2017年5月18日から22日まで開かれた国際本の見本市「サローネ・デル・リーブロ」のイタリア合気会のステンドで5月20日演奏会を開いた。
詳しくはこちらから⇒
 

トリノ市-5月17日
トリノ市の多目的文化団体チェッキ・ポイントのホールで纐纈あや監督ドキュメンタリ-映画「祝(ほうり)の島」が上映された。詳しくはこちらから⇒⇒⇒

トリノ市 ‐ 2017年3月12日
東北大震災の6周年イヴェントとして、大和音(ヤマト・オ)のチェリティーコンサートを企画しました。収益金は全額、中部イタリアの地震被災地アマトリーチェの図書館へ寄付されました。
詳しいことはこちらから⇒


カザルボルゴーネ – 2017年1月22日~30日
広島長崎原爆写真展がトリノ県の町カザルボルゴーネのサン・カルロ劇場で開催された。ラ・ポデローザでの写真展と同じ形で初日イヴェントが開催され、ヤマト・オが参加した。詳細はこちらから⇒
2017年1月メアーナ・ディ・スーザにある「ダル・ガッロ・セバスティアーノ」図書館にも渋谷秀雄氏の写真集〈未来へ-アジア太平洋戦争学習ノート〉が、寄贈された。朋・アミーチは、図書館を所有する同じ名前の文化団体「ダル・ガッロ・セバスティアーノ」と協力して、トリノ市とカザールボルゴーネ町の二か所で《広島長崎原爆写真展》を開催した。写真展も写真集も平和への願いが込められている。既にこの写真集は、トリノ市立の18か所の図書館に既に所蔵されているが、去年6月にもローマ近郊のラディスポリ市立「ペッピーノ・インパスタート」図書館にも寄贈された。5万冊の書籍を有するこの図書館の館長マリーナ・パヌンツィさんは、「映像に留められた悲惨な記憶は、言語の違いを超えて訴える力を持っている。二度とこの悲劇を繰り返さないために、この写真集は貴重な役割を持っている」と語っている。
トリノ – 2016年11月19日~12月13日 「広島長崎原爆写真展」がトリノ市内の会員制集会所ラ・ポデローザで開催された。日本の「平和首長会議」 広島平和資料館 から提供された30枚のパネルと二本のヴィデオからなる写真展は、トリノ近郊のメアーナ・ディ・スーザ町にある文化団体ダル・ガッロ・セバスティアーノを通して提案された。 朋・アミーチは、去る10月27日に国連の軍縮委員会で核兵器禁止条約の締結に向けて2017年から交渉入りという決議が採択されたこのタイミングを重要視しこの展示会の開催に積極的に協力。初日イヴァントを企画しただけではなく、ヤマト・オもイヴェントに参加した。   詳しくはこちらから⇒

折り紙教室

トリノ-10月20日~11月17日
トリノ市隣接のモンカリエーリ市で五回に渡る折り紙教室が開かれた。
朋・アミーチが、折り紙教室を開いたのは、結成の年2011年12月以来、約六年ぶり。2011年の講習は私立小学校の夏季課外活動としてやトリノのレジーナ・マルゲリータ小児科病院関係者向けと子供たちが対象だったが、今回の参加者の年齢層は高い。Auser(活動的な老後のためのヴォランティア協会)モンカリエーレ支部が一般市民にも参加を呼び掛けての講習会ではあったが、結局、五回のうち一度でも参加したのは、この協会のメンバー八人に留まった。確かに平日の午後の講習会に参加できるのは、退職した高年齢層に限られるのは当然かもしれない。questo articolo in italiano ⇒
                    講習指導者は朋・アミーチ会長の和田千重。《平和のための千羽鶴》と題したこの講習会で、参加者全員で鶴を千羽折ることを目指していた会長の思惑は第一日目に崩れ去った。五回の講習会で1000羽折るためには、毎回200羽が必要。ところが初回二時間の授業で鶴を折れるようになった人はたった一人だけ。鶴を千羽折ることをすぐに諦め、千羽鶴の持つ意味の説明をしたが、核兵器使用の危機が迫る昨今、ヒバクシャ国際署名には全員が即応じてくれた。
                    折紙に関してだけ言えば、初めは全く絶望的だったが、会を進めるごとに熱心な参加者も現れ、最終的には成功したと言える。
また、この種の講座は、そこで習う事が出来るようになるのが目的ではなく、参加者同士の交友の方がより大事であることを理解した。
将来、この団体との協力により、ヤマト・オの音楽会やドキュメンタリー映画「祝(ほうり)の島」の上映会が実現できるかも知れない。そういう希望の持てる折り紙今日教室だった。

合気道と墨文化

トリノ県ー2017年6月
6月2日~4日、イタリア合気道界を代表するドメニコ・ズッコ七段の合気道講習会と並行して、墨絵の入門講座が開かれた。講師は、東京在住の美術家の福田瑞枝さん。会場は、カザルボルゴーネのアトス。また、アレッサンドロ・メッレが主宰する合気道場「無為自然」では、朋・アミーチの和田茶柳による書道一日体験会が開かれた。
福田さんは三種類の竹(お天気の良い日の竹、雨の下の竹、風に吹かれる竹)を素材とするレッスンを始めた。
最初にぶつかった問題は、筆の持ち方。日本人なら何気なくできる持ち方が、イタリア人にとっては、全く新しい体験なのだ。その次は、素材となる「竹」がどういう形をしているのか殆どのイタリア人には理解できない。幸い、アトスには竹林があり、そこから一本の竹が持ち込まれた。墨絵の特徴は、墨の黒一色だけで表現することと、描き直しがきかないという点に集約できる。一度の筆使いにより、墨の濃淡、筆づかいの勢いの強弱、そこから生じるぼかし、にじみ、かすれを使って描かれる。どうしても、イタリア人はこの緊張感に慣れていず、一度描いた線の上から付け加えたり、なぞったり、これまでに覚えた手法から離れられない様子だった。       Questo articolo in italiano ⇒
                   
一方、書道体験講座を始める前に、茶柳はあくまでも「習字」であることを強調した。
つまり、書道が絵画と違う点は、まず、文字を書くことが書道の出発点である事。そして、その日のレッスンも一、二、三、十、などの簡単な漢字を書くことから始まった。
ここでも、墨絵講座と同様な困難にぶつかった。筆の持ち方は勿論、漢字そのものを見たことがないイタリア人が殆どなので、どのように書かれた字が美しいか美しくないかの基準を持っていない。お手本の一を見て、起筆の三角形の部分は、ただ筆のおき方からできるものであることを理解しない所為か、形として描こうとしてしまう。トメも払いも筆づかいではなく形としてしか捉えない。こうした中、「木」「日」などのより複雑な漢字へと移行する間もなく、受講者たちはすぐに「合気道」を書きたいと主張し、何人かはこの「合気道」に挑戦した。その結果は写真の通り。
ところで、合気道道場に通っているイタリア人たちが、どうして日本の墨文化に興味を持つのだろうか。単に日本文化の部門だから、、、。 もしかしたら、合気道の中に墨絵や書道に共通することがあるのではないだろうか。
                   
合気道の特徴は、勝敗がないことである。つまり、一回のパフォーマンスにやり直しがきかない。勝敗のある競技では、いつでも形勢を挽回することが出来る。最後に勝てば、それは良しとされる。ところが合気道の場合、初めから終わりまで一貫した美しい流れを保つ必要があり、そのために必要な集中力と筆を入れて紙から離すまでの緊張感に共通性があるのではないかと思う。この「一回だけしか許されない美しさ」は、音楽の演奏にも通じるかも知れない。
弓道5段の所持者でもある福田さんは、弓道は的当ての競技ではなく、合気道と同様勝負がない。的に命中することのみを狙う人は、技にそれが影響して美しさの喪失に繋がる、と言う。
確かに、合気道にせよ弓道にせよ、arte marziale (武道)と呼ばれる以上、「美」が関係するのは当然かもしれない。(和田千重)

トリノ国際ブックフェア 2017

トリノ市ー2017年5月18日~22日  ⇒ Versione in italiano di questo articolo

5月22日、トリノ市で開催された国際ブックフェア「第30回サローネ・デル・リーブロ」が大成功の裡に終了した。今年のテーマは「境界線を越えて」。展示場であるリンゴットへの入場者数は14万人を超え、並行して行われたトリノ市内での催し物への参加者数も2万5千人に上った。トリノ市のブック・フェアに出展した出版社の売り上げ高も、昨年より20%~30%増とのこと。しかし、これらの記録更新は予測されていたわけではない。
大手出版社、モンダドーリ社と近年その傘下に入ったエイナウディ社がトリノのブックフェアをボイコット、ミラノ万博開催跡地のフィエーラ・ミラノ・ローで4月に開催された「第一回テンポ・ディ・リーブリ」の方だけに出展したからである。ミラノとトリノの距離は筈か150Km 、両ブックフェアを隔てた期間も4週間。ミラノのブックフェア開催の話が持ち上がった昨年7月以来、二つの都市の間で、イタリア政府文化省大臣をも巻き込み交渉が続けられた。*一つのブックフェアとしてミラノとトリノで同時開催、*ミラノのブックフェアは、トリノと時期を大幅にずらすこと、等の案がだされたが、ミラノ側は譲らず、結局二つの国際ブックフェアがイタリア国内の隣接した二つの都市でほぼ同時に、しかも別々に開催されたのである。例えるなら、横浜で29年間続いていた国際イヴェントを、東京が同じ内容で一か月前に開催したようなもの。どれだけの来場者を期待できるか、トリノ側の運営陣は、相当頭を痛めたはずである。 ところが、ふたを開けてみるとミラノは大きく期待を下回ったのに反し、トリノ市はサローネ関係者だけではなく、地方自治体、一般市民も意地を見せ、第30回サローネ・デル・リーブロは輝かしく幕を閉じた。
        
出版社展示会場のリンゴットでも、著名な作家を招いての多数の討論会が企画されただけではなく、個々の展示場で独自のイヴェントが提案された。
日本の音楽のみをレパートリーとする音楽グループ大和音(ヤマト・オ)はこのサローネ・デル・リーブロのイタリア合気会のスタンドでミニ演奏会を開く機会に恵まれた。このイタリア合気会は、植芝盛平翁が創始した武道「合気道」を守り育て世界に広めていくために設立された公益財団法人合気会」のイタリア支部。
                    
この団体がトリノ国際サローネ・デル・リーブロに出展するのは、今年で3回目。サローネ・デル・リーブロの開催期間中、イタリア合気会のステンドでは、合気道のデモンストレーション、子供たちのお試し体験、イタリア合気会の出版物の紹介、トリノ近郊の道場の案内などが行われた。会場は、創始者植芝盛平翁の写真、居合刀、合気道五段のジャンナ・アリーチェ作の折り紙が飾られていた。このジョヴァンナさんは、独自の折り紙を考案し、おりがみ会館から何度も講師として招待されている。
                    
大和音(ヤマト・オ)は、土曜日20日に、普段のハッピ姿とは違った写真の通りの衣装で演奏した。イタリア合気会のサローネ・デル・リーブロ出展の責任者であるアルベルト・レイス四段の希望によるもの。
また、朋・アミーチの和田千重が希望者に日本語で本人の名前を書く作業を担当した。演奏後、イタリア合気会関係者だけではなく、ヤマト・オのメンバーも総動員でステンドへの来訪者たちからの質問に答えていた。レイス四段は、来訪者の合気道への関心の高さに満足、来年は今年以上に立派なステンドにしたいと語る。陰のお手伝いをした朋・アミーチ関係者もイタリア合気会のスタンドの成功に寄与できたと大喜び。最後に飛び入りの観客を交えての写真撮影で終了した。